鹿角の古代技法で反物を染めたいという会員さんの4年越しの夢が実現しました

令和元年に下染をはじめ、鹿角の古代技法で反物を染めたいという会員さんの4年越しの夢が実現しました。
鹿角の古代技法による本染は、一日がかりの一発勝負!
搗いては染めを繰り返すこと10時間の難儀な作業を経て、ようやく染め上がった反物を手に大満足の様子♥♥♥
前日から鹿角入りをし、本染を終えた夜遅くには、一人ホテルで祝杯を挙げたとか♬♬
「かつて鹿角市で、紫街道という美しい名前 に出会った。 盛岡から二戸をへて花輪へといたる山また山の峠路をやってくると鹿角盆地は紫色に染まって見えたという。
 鹿角紫と鹿角茜は、南部藩の珠玉の産物であった。紫根染の原料となる紫草が、かつて鹿角盆地を紫色に染めるほど豊に自生していたという。」 
 北羽新報2003.10.5に掲載された簾内けいすけ氏の文章です。
 それにしても「紫街道」とは、なんとロマンチック名前でしょう。
 いつの日にか鹿角の地がむらさきの里として活気づき、伝統の染めが息づいてくれたらと、今日もまた願いを強くしました。